2022年10月4日、ゲーム障害調査研究会は、ゲーム障害の実態や関連要因を把握するために行った調査の結果に関する記者発表会を行いました。本稿では、調査が実施された背景や概要に加え、研究会が中間発表から得た考察をお届けします。
1.本調査の概要
1-1 調査の背景
2019年5月、世界保健機関(WHO)によりゲーム障害が「Gaming disorder」として国際疾病分類病の一つに認定されました。
同年同月、それを受けて一般社団法人コンピュータエンターテインメント協会(CESA)、一般社団法人日本オンラインゲーム協会(JOGA)、一般社団法人モバイル・コンテンツ・フォーラム(MCF)、一般社団法人日本eスポーツ連合(JeSU)の4団体は、専門性を持つ外部有識者による「ゲーム障害調査研究会」を設立し、同研究会にゲーム障害に関する効果的な対策を模索するための基礎となる科学的な調査研究を委託したと声明を出しました。今回の記者発表は、その途中経過を公表するものです。
ゲーム障害調査研究会の構成メンバーと調査に関する概要は以下のようになっています。
ゲーム障害調査研究会 構成メンバー
委員名 | 専門 | 所属 |
---|---|---|
【委員長】坂本章氏 | 心理学 | お茶の水女子大学 理事・副学長 |
河本泰信氏 | 精神医学 | よしの病院 副院長(医師) |
佐々木輝美氏 | 教育学 | 獨協大学教授 |
渋谷明子氏 | メディア研究 | 成城大学 教授 |
篠原菊紀氏 | 脳科学 | 諏訪東京理科大学 教授 |
松本正生氏 | 政治学(社会調査) | 埼玉大学名誉教授(埼玉大学社会調査研究センター シニア・コーディネーター) |
村井俊哉氏 | 精神医学 | 京都大学 教授 |
秋山久美子氏、寺本水羽氏、堀内由樹子氏 | ――― | お茶の水女子大ワーキンググループ |
ゲーム障害調査研究会による調査の概要
調査対象:層化二段無作為抽出法によって選ばれた日本在住の10~59歳5,000名(外国籍はのぞく)
調査方法:郵送留め置き法、郵送返送・ネット回答・調査員回収の混合/生年月日が中学生以下に相当する者は「子ども票」、それ以外の者は「大人票」として集計
調査期間:2021年11月29日~2022年1月23日
有効票回収率:58%(2,913名)
調査実施:お茶の水女子大学に委託
※2021年10月~11月に全国の小学校4年生から高校3年生を対象とした学校調査も実施
1-2 ゲーム障害に関する海外の先行研究
海外では2000年以前からゲーム障害に関する調査研究が行われています。そうした複数の研究結果を統合して一般的な知見を導き出す「メタ解析」によると、ゲーム障害が疑われる人の発生率はおおよそ3~5%であり、特に代表性が高いとされるサンプルを用いた研究では2%程度とされています。
また、これらの研究では医師による診断は行われていないため、この数値が示すものは「ゲーム障害」ではなく、「ゲーム障害の疑い」であることに留意が必要です。
1-3 ゲーム障害に関する日本の先行研究
一方、日本全国における無作為抽出サンプルを用いた調査は2つの研究による1つのデータがあるのみで、日本在住の10~29歳 9,000名を対象にした調査が行われています(有効回答5,096名)。「GAMESテスト」という尺度を用いた調査ではゲーム障害疑いの発生率は5.1%、「ICDT10」という尺度を用いた調査では10代男子で2~3%、女子で1%程度と報告されました。
委員長の坂本氏は国内外それぞれの先行研究に言及しつつ、科学研究はしかるべき研究の知見を蓄積し、それらを統合したうえで議論すべきものであることから、さらなる研究の遂行が求められるとしました。
1-4 本調査の4つの特色
次に、今回の調査に見られる4つの特色が説明されました。1つ目の特色は、調査から妥当な測定を得るために考慮された以下の3点です。
◆無作為抽出したサンプルに対する調査
日本全国における代表的な結果を得るために、無作為抽出したサンプルで調査を行う。
◆代理回答の可能性の排除
中学生以下の子供を対象とする調査には保護者の同意が必要であり、さらに今回の調査は報酬が用意されていたので保護者が代理で回答してしまう可能性がある。その可能性を排除すべく、本無作為抽出調査と並行して全国各地の小学校・中学校・高校にも同様の調査を施行し、その結果を比較する。その結果、大きな差異が認められなかったので代理回答の影響は小さいものと判断。
◆ビジネスユーザーへの考慮
本調査の診断基準となるDSM-5はビジネスユーザーを障害に含まない。これは、収入を得るためにゲームを利用(以下、プレイと表記)しているのであれば、ゲーム依存、ゲーム障害などの不適応状態とは異なるものである、という配慮によるもの。
2つ目の特色は、障害疑い率に関する総合的な知見を得るために、算出の際に複数の診断基準を用いることです。今回の調査では「DSM-5」と「ICD-11」が使用されました。それぞれの診断基準がどのようなものであるかは次項「2.ゲーム障害の定義と尺度」で言及します。
3つ目の特色は、幅広い年齢層(具体的には10~59歳)を調査対象とすることです。これは、本調査で浪費など経済の問題も扱うためと説明されました。
4つ目の特色は、先行研究ではあまり扱われてこなかった2つの問題を検討することです。そのうちひとつは「ゲームにお金を使いすぎる問題」、もうひとつは「ゲームによって引き起こされうる肺塞栓症のリスクを測る」というものです。
2.ゲーム障害の定義と尺度
2-1 ゲーム障害(ゲーム依存)の定義
まず、ゲーム依存/ゲーム依存症と呼ばれるものは通称であり、精神医学会における正式な診断基準ではありません。今日、精神医学におけるこれらの診断基準は米国精神医学会が作成した診断基準「DSM-5」と、WHOが作成した診断基準「ICD-11」が使用されています。
そして、2022年は「DSM-5」の部分改訂版である「DSM-5-TR」が出版され、「ICD-11」が施行された年でもあるため、最新の診断基準が出そろった年であるとのことです。
「DSM」と「ICD」は近年歩調を合わせているものの新規に採用される病名では名称の不一致が発生する例も見られ、DSMにおいては「今後の研究のための病態」としてゲーム依存症に相当する状態が「インターネットゲーム障害(Internet Gaming Disorder)」となっているのに対し、ICDは病態ではなく正式な診断名として「ゲーム行動症(障害)(Gaming Disorder)」が用いられています。
2-2 DSM-5/DSM-5-TRの診断基準と尺度
DSM-5/DSM-5-TRによる「インターネットゲーム障害」の診断基準は9項目で構成されており、5項目以上が1年以内に生じていると「インターネットゲーム障害」であると診断されます。
本調査では上記9項目の基準に沿った設問で0~9点の尺度得点を算出し、5点をカットオフ値として「ゲーム障害の疑いあり」を判定する尺度「IGDT-10(研究会版)」が使用されました。
DSM-5に基づくIGDT-10尺度(研究会版)
カテゴリー | 項目内容 |
---|---|
1.ゲームへのとらわれ | 常にゲームのことを考えている |
2.離脱症状 | ゲームができないときに経験するイライラ感など感情の乱れ |
3.耐性 | 以前より多くゲームをプレイしないと満足できない |
4.制御不能 | ゲームをやめようと思うのにやめられない |
5.ゲーム以外の過去の趣味・娯楽への興味の喪失 | 以前の趣味よりもゲームをプレイすることを選ぶ |
6.心理社会的問題があってもゲームを継続すること | ゲームのせいでよくないことがあったにも関わらず、ゲームをやめようとしない |
7.ゲーム利用についての虚偽 | 自分のゲーム利用を家族などに隠したり、嘘をつく |
8.否定的な気分からの逃避目的の利用 | いやな気持ちをなくすためにゲームをする |
9.ゲーム利用による交友関係の崩壊や仕事・学業面での機会損失 | ゲームのせいで人との関係が壊れたり、勉強や仕事の成績が悪くなりそうになるなど |
※9項目中5項目該当で「IGDT-10障害疑い」と判定される
2-3 ICD-11の診断基準と尺度
ICD-11では、ゲーム行動症(障害)は嗜癖(しへき。ここでは「依存」に近い意味合い)行動による障害の一つとされています。その診断基準は「制御不能」、「ゲームの優先」、「ネガティブな結果があってもゲームを継続・漸増する」の3条件がすべてそろい、かつ、その結果として著しい苦痛や日常生活に顕著な機能障害を生じさせ、その問題が他の精神疾患では説明できない場合とされています。
本調査ではこれを元に新規の尺度「ICD-11尺度(研究会版)」を設け、4つの項目で調査を行いました。
ICD-11に基づくICD-11尺度(研究会版)
カテゴリー | 項目内容 |
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1.制御不能(時間) | ゲーム時間を減らそうとしたがうまくいかなかった |
2.制御不能(経済) | 予定していた金額に収められず、ゲームに大金を使った |
3.ゲームの優先 | ゲームが生活の中心になっている |
4.顕著な機能障害 | 友人関係の喪失、体や心の病気になる、退学・留年になる、退職する、借金を作る、引きこもりになるなど |
※1・2・4に該当で「ICD時間障害疑い」、2・3・4に該当で「ICD経済障害疑い」、時間障害疑いと経済障害疑いのどちらか、あるいは両方に該当で「ICD障害疑い統合」と判定される