読者の皆様は、去年インドネシアで起こった「Steamブロック騒動」を覚えていますか?
2022年7月、インドネシア情報通信省はSteam、Epic Gamesストアといったゲーム配信サイトをブロック。これらのサービスの運営企業は「インドネシアでPSE(Penyelenggara Sistem Elektronik、電子システム事業者)としてのライセンス登録をしていない」と見なされ、「安定的な徴税」のためにインドネシア国内での通信を遮断されてしまいました。
この時の情報通信大臣はジョニー・G・プラテ氏。そしてプラテ氏は今、日本円で700億円規模に上る汚職容疑の渦中にあります。
2023年5月17日、プラテ氏は現役閣僚のまま最高検察庁に逮捕されました。
現役閣僚の逮捕に「バドミントンどころじゃない!」
筆者が3年ぶりにインドネシアの地を踏み締めた翌日。テレビをつけると、バドミントンのスディルマンカップの中継が放映されています。バドミントンは、インドネシアではサッカーに並ぶ人気競技です。しかし、試合が盛り上がる最中にテレビの画面が2分割されます。
「ジョニー・G・プラテ、最高検察庁に身柄を拘束」
なんと、現役閣僚のジョニー・G・プラテ氏が被疑者の着る赤いベスト姿で、しかも両手に手錠をかけられた状態で護送車に乗せられています。3年ぶりの来尼早々の大ニュースに、筆者は腰を抜かしてしまいました。
そしてゲムスパ編集部およびゲムスパ読者の皆様にとっては、「インドネシアでSteamをブロックした大臣」として記憶に新しいはず。
去年のSteamブロック騒動は中央政府の全省庁が承知していたことではなかったこと、特に財務省国税総局とはまったく足並みが揃っていなかったことは筆者が記事にしています。
プラテ氏の逮捕を受けて、Twitterのインドネシアユーザーに火が付きます。とはいってもプラテ氏を擁護する声はほとんど寄せられず、8兆ルピア(約740億円)という巨額の資金が失われたことへの怒り、そしてプラテ氏の過去の政策に絡めて嘲笑する声が相次いでいます。
中には「ジョニー・G・プラテの“G”っていったい何?」「goblok(馬鹿)って意味じゃね?」という大喜利や、「プラテ氏愛用のメルセデス・マイバッハ Sクラスの性能とお値段を検証!」という現地カーメディアの記事まで登場する始末。
5月20日、情報通信大臣がプラテ氏からマフド・MD憲法学博士に交代した際、Twitter公式アカウントは「プラテ氏の今までの献身に感謝します」と発信しました。これはもちろん社交辞令のようなものですが、案の定「このオッサンがいったいどこでどう献身したんだよ!?」と軽く炎上する結果に。
当然、現地の若者は去年のSteamブロック騒動を忘れてはいません。それを主導した情報通信大臣が実は国家的プロジェクトから不正な暴利を貪っていたということで、その怒りは日に日に拡大しています。
地方のネットインフラ整備
さて、この「国家的プロジェクト」とはインドネシアのゲーマーにとっても非常に大きなかかわりのあるものです。
2020年から政府肝入りで進められている「4G基地局建設計画」というプロジェクトがあります。「今更4G基地局?」と日本人は考えてしまうかもしれませんが、インドネシアでも都市部は既に4G回線インフラが整備され切っています。問題は農村部や地方島嶼部です。
何しろインドネシアという国は巨大で、最西端アチェから最東端メラウケまでの距離と日本の福岡からジャカルタまでの距離は大体同じくらい。インフラの行き届かない農村部や辺境地域もたくさん存在しますが、そうした地域の若者は地元では働かずにジャカルタやバリ島、スラバヤなどの大都会へ出稼ぎに行きます。
地域間格差が大きくなると、このような理由で農村部から労働人口が流出してしまいます。それを緩和するための第一歩として、「インドネシアのどこにいてもモバイルFPSやMOBAができる状態」を実現させなければなりません。ゲームができる環境なら、他のアプリやキャッシュレス決済も十分に利用できるはず。ゲームはスマホを地方に普及させるためのキラーコンテンツというわけです。
国家が28兆ルピア(約3,000億円)を投じて、全国に4,000基の4G基地局を建設するこのプロジェクト。ところが現状は1,000基もできていないとのこと。そして、上述の通り8兆ルピアがどこかに消えているそうです。
詳細は今のところ明らかになっていませんが、今回の件でインドネシアへの出資を考えている外資企業の姿勢が尚更消極的になってしまう可能性もあります。
インドネシアへの投資に大きな悪影響か
ゲーム関連産業にかかわらず、インドネシア政府はあらゆる分野への出資を外資企業に呼びかけています。インドネシア政府が最も恐れているのは、「現地法人を作らないIT関連企業」です。かつてはイギリス領バミューダやルクセンブルク、パナマの租税回避地に本拠地を置く企業が堂々とインドネシアで営利活動をしていたことも。
つまりインドネシア政府は、外資企業から確実に法人税を徴収するために「なるべく早く現地法人を作りなさい」と呼びかけているというわけで、もちろんそれが迅速かつ簡単にできるよう様々な行政手続きを効率化・簡略化してきました。
しかし、インドネシアでのビジネスがやはり一筋縄ではいかないことがSteamブロック騒動で証明されてしまい、さらに此度の現役閣僚逮捕のニュースで「インドネシア政府はまだまだ公平性に欠ける」と感じた投資家は少なくないはずです。
そして、インドネシアの地方島嶼部にいる才能豊かなプレイヤーにとっては極めて深刻な出来事になってしまいました。現地のゲーマーやeスポーツシーンの活性化のためにも、IT市場やネットワークインフラ整備は非常に重要なもの。今回の汚職容疑を機に、今後のインドネシアのゲーム文化がどのように動いていくのか、要注目です。