8月11日から15日にかけて東京都渋谷区「note place」で開催されたRTAの祭典「RTA in Japan Summer 2022(以下、RiJS2022)」。2019年冬以来、2年半振りの東京開催となった同イベントは、平均約5万人の同時視聴者と、6,708,730円の寄付(専用寄付フォーム経由分)を集め、成功裏に終わりました。本記事では、RiJS2022に『マリオ&ルイージRPG』走者として実際に参加した筆者による、生の参加レポートをお届けします。
開催決定から応募期間終了まで
夏と冬の年2回開催が恒例となっている「RTA in Japan」。開催時期が数か月後に迫ると、詳細発表を待ちわびるRTA走者達の間には、どことなくそわそわした空気が漂い始めます。RiJS2022の東京開催が発表されたのは、4月27日のことでした。翌週にはオンライン参加も可能であることが明らかにされ、初のハイブリッド型開催に期待が高まりました。
本イベントはRTA走者からの応募制となっているため、運営が特定のゲームの走者を招待するわけではありません。参加したいプレイヤーは専用サイト「oengus」から、1人2つまでゲームを応募できます。少しでも良いタイムで応募するため、ゲーム募集期間中はいつも以上に貪欲に自己ベスト更新を狙う走者も少なくありません。近年は応募数が特に増加しており、今回は約100時間の開催時間に対して、延べ1,300時間以上もの応募が集まりました。有名なタイトルで世界記録を保持しているプレイヤーの応募でさえ確実に採用される保証がどこにもないほどの、かなりの高倍率です。
当落発表から出走当日まで
6月26日、採用ゲームリストの発表。五十音順のリストを上から1行ずつ確認する時間は、筆者の場合は本番以上にドキドキします。『マリオ&ルイージRPG(以下、マリルイRPG)』Any%(達成度不問)レースの欄に自分の名前を確認し、この日は友人と近所の飲食店で祝杯を挙げました。
走者としての採用が決まったら、早速解説者探しが始まります。本イベントの解説者は基本的に走者の一存で決まるものであり、その選定にあたって運営は一切関与しません。中には自分で解説しながら走るプレイヤーもいますが、筆者の場合、喋りながらだと肝心のプレイのクオリティが低下してしまうため、必ず解説者を呼ぶことにしています。
今回は、昨年夏に『桃太郎電鉄 ~昭和平成令和も定番!~』走者を務めたasutoro氏から、当選後すぐに解説者として立候補いただきました。レース相手のミクロン氏と一緒に検討した結果、同氏に解説をお願いすることになりました。
翌週の7月3日にはスケジュールが発表され、ボランティア募集も開始。ボランティアには、会場で実際に配信PCや音声ミキサーなどを動かす現地での仕事と、Twitter管理やチャットモデレーションなどを行うオンラインの仕事があります。イベントの円滑な運営には欠かせない存在であり、走者にとって最高の舞台を整備して下さっているボランティアの方々には感謝しかありません。
7月10日、観覧募集開始。コロナ禍では初の東京オフライン開催ということで、一般の観客の入場に関する方針決定も難しかったのではないでしょうか。秋葉原で開催されていた「RTA in Japan 2019」までは、事前の登録なく飛び入りでの観戦も可能だったのですが、今回は完全事前登録・抽選制での観覧募集となりました。
本番までの走者としての準備はというと、マリルイRPGの自己ベスト更新に励みつつ、解説者を交えたリハーサルを何度か行い、ショーケースとしての完成度を高めていきます。RiJS2022応募時点で世界9位であった自己ベストは、本番1週間前には世界3位というところまで来ていました。
記録を詰めるにあたっては、レース相手のミクロン氏や世界記録保持者のMurmilio氏をはじめとする、マリルイRPGスピードランコミュニティの多くのメンバーからアドバイスやサポートをいただきました。競技としての歴史が長いゲームにおいてタイムを縮めるうえでは、先人の積み重ねてきた研究成果に学ぶことで「巨人の肩の上に立つ」ことが不可欠。今回使用したマリルイRPGのルートも、原型は「Summer Games Done Quick 2015」で既に披露されていたものです。
8月11日、いよいよRiJS2022が開幕を迎えます。今回の会場となった「note place」は外苑前駅から徒歩5分という好立地で、方向音痴の筆者でも迷わずたどり着けました。受付ではハンドルネームを名乗り、ワクチン接種証明を行い、走者用の名札とマスクを受け取ります。来場者全員に配布され、会場での着用が必須であったマスクは「3M VFlex N95」です。このマスクはN95の中でも口元のスペースが大きく確保されており、出演者の本番中のトークにも差し支えにくいものだと感じました。
入口横には、アパレルブランド「無敵時間」による公式チャリティグッズ販売スペースが設けられていました。この日売り子を務めていたのは、1年前に『リングフィットアドベンチャー』を走り、18万人以上もの同時視聴者を集めたことで話題を呼んだ、無敵時間アンバサダーのえぬわた氏です。どのグッズも魅力的でしたが、筆者は缶バッジセットとラバーキーホルダーをそれぞれ1,200円で購入しました。
12時のオープニングの時間が迫ると、運営陣含む現地スタッフ達の動きも慌ただしくなります。これだけの規模のゲームイベントとなると、使用される機材も高価なものが大量に用意されており、特に音声ミキサー(BEHRINGER X32)に関しては、こんなに巨大なものが使われるものなのかと、実際に見て驚きました。
予定時刻を少し過ぎたところで、主催のもか氏による開幕の挨拶が行われ、8月分のTwitch収益やスポンサー収益が(税金を除いて)全額「国境なき医師団」に寄付されることなどが改めて説明。Twitch配信上のチャットでも、久々に東京に帰って来た本イベントの熱気を画面越しに感じる声が多く、5日間の大いなる盛り上がりを予感させました。
今回トップバッターを務めたのは『地球防衛軍5』を走ったM.雑炊氏です。「EDF!EDF!」の掛け声が会場とチャットの一体感を生んだ本作のRTA。「テレポーションアンカー」を空中で破壊する場面では、同氏のエイム力の凄さが、本作をプレイしたことのない筆者にもひしひしと伝わってきます。
さて、オフライン開催のイベントでは、走り終えたプレイヤーに直接感動を伝えたり、生の感想を聞いたりできるのも魅力の1つです。出番を終えたM.雑炊氏にナイスランでしたと伝え、自身の出番に関して振り返りの言葉をいただきました。同氏のRTA歴は1年と少しで、自宅以外でのプレイは初めてだったようですが、やはり会場の反応や盛り上がりが直に伝わってくる点がとても良かったとのこと。全体的に乱数パターンが悪かったためにタイムロスしてしまい、目標としていた1時間切りを逃してしまった点は悔いが残ってしまったそうです。
開幕を見届けた後は、会場で色んなゲームのRTAを生で見たい気持ちをぐっと我慢して、自宅で自分の出番の準備に励みます。イベント本番の一発勝負で安定して走り切るために必要なチューニング作業のためです。ゲームの競技性や走者のプレイスタイルによっては、普段記録更新を狙うときと同じように本番も走るというケースもありますが、例えばゲームが進行不能になるリスクの高いテクニックを含むゲームを走るときは、ノーリセットで完走することに重点を置いたプレイを筆者は心がけています。
出走当日から閉幕まで
8月14日、走者としての出番が回ってくる日です。出走予定時刻の1時間半前に現地入りし、練習スペースに向かいます。今回は会場内に3つの練習部屋が用意されていました。高性能なゲーミングモニターが多数揃えられており、体感できる入力遅延はほぼゼロという環境で自由に練習できます。日頃から本番に近い環境でプレイしている筆者の場合は、現地では軽めの練習で済みますが、遅延のある一般的な液晶モニターに慣れている走者にとっては、本番環境にアジャストするための練習スペースの存在は非常に大きいものです。
前のゲームが終了し、走者席に移動します。この日はマリルイRPGの出走前(朝9時半)から一般客の入場が開始となり、客席が続々と埋まっていきました。現地からの応援はいつも本当に嬉しいもので、出走を前にして興奮が高まります。ヘッドセットを装着し、解説音声の聞こえ方などを含めた音量調整をスタッフにお願いします。筆者の場合は、とある1F技(入力猶予が約1/60秒の技)のタイミングを計るためにメトロノームを使用するのですが、その音量についてもヘッドセットの上から聞こえるように自分で調整します。
配信画面切り替えの準備完了のサインが出ると、いよいよ本番が始まります。挨拶を手短に済ませ、タイマースタート。自分のプレイに没入したかったのですが、隣にあったレース相手の画面が気になってしまい、集中力を切らしていくつか細かいミスをしてしまいました。元々イベントの場で緊張するタイプではなく、心拍数は終始100未満で落ち着いていたと思いますが、いつもと異なる環境でプレイすることの難しさを改めて痛感しました。
マリルイRPGのRTAでは、中盤までは大きくタイムロスする要素がありません。序盤はミクロン氏の方が速いルートを採用しているため、予定通りリードを許した状態で進行しましたが、開始50分過ぎに迎えた1F技「バレルストレージ」の成否で明暗が分かれて一時逆転すると、それ以降の難所の連続で何度も順位が入れ替わるという熱いレース展開に。オンラインレースの場合は相手の画面を一切見ずに走る筆者ですが、オフラインだと逆転の瞬間をどうしても意識してしまい、手に汗握ります。
ゲーム画面が崩壊する怒涛のバグ区間を抜けると、ラスボス「ゲラゲモーナ」戦を迎えます。ストーリーを大幅にスキップするRTAでは、かなりの低レベルでラスボスと対峙することになるため、敵の激しい攻撃を全回避しなければなりません。1ミスが6分ほどのタイムロスに繋がり得るという、大きな魅せ場です。
レースの結末はここでは伏せますが、ミクロン氏も筆者もベストに近いパフォーマンスを発揮し、お互いに好タイムで完走できたと思います。解説のasutoro氏も、本RTAの魅力を余すことなく最大5万人ほどの同時視聴者に伝えてくれました。
自分の出番を終えると、次のゲーム『スーパーマリオブラザーズ3』走者のmaiba氏が準備を開始します。同氏は筆者と同じ2018年5月に配信者デビューした同期のような存在であり、普段の配信も個人的に視聴している、いちファンでもあります。
今回は許可を得て、特別にソファー席から応援させていただきました(走者の真後ろに配置されているソファー席の利用に関して明確なルールはありませんが、出演者と関わりの深い人が、走者同意の上で座ることが多い印象です)。ランが始まると非常に鮮やかなプレイの連続で、凄すぎて拍手する間もないほどの圧巻の走りでした。
走り終えたmaiba氏に話を聞くと「1回被弾したのと7-5の壁抜けをミスってしまったので70点」と辛口の自己採点。オフラインで人に観られながら走るのが初めてで緊張したとのことですが、いざプレイが始まるとスッと集中できたようで、流石の対応力でした。同氏とはその後、ラウンジにて2人で数時間もの間話し込みました。会場にはメインスペースとは別に広いラウンジがあり、飲み放題のレッドブルを片手に来場者間で自由に交流できます。
ラウンジの一角には、「国境なき医師団」の活動紹介スペースも。来場されていた日本事務局の川手氏からは、寄付金控除のための領収書発行の仕組みが、視聴者からの多数の要望によって、昨年冬に実装されたものであるという裏話も伺えました。また、同氏自身が一人の観客として現地でのRTA視聴を楽しんでいる様子だったのも印象的でした。
楽しい時間が過ぎるのは早いもので、あっという間に最終日となる8月15日を迎えました。今回大トリを飾ったゲームは『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』です。「Any% Glitchless(バグ利用なし)」というカテゴリーで行われたレースは終始大盛り上がりで、開始から3時間が経ったところでほぼ同時に2回目のゾーマ城に入るシーンでは、歓声と大きな拍手が自然と沸き起こりました。ラスボスが張り切りすぎたために予定タイムが途中で延びるというハプニングもありましたが、イベントの締めくくりに相応しい最高のレースでした。Twitchでの同時視聴者数も、本イベント最大となる91,096人にまで達しました。
出番を終えた2人にお話を伺ったところ、けった氏は「ラスボス戦で締まらなかったところもありますが、それも含めてドラクエRTAの醍醐味を見せられたと思います」とコメント。一方のMaru氏は「ドラクエ走者歴は11年になりますが、20年ほど続く歴史の中で、自分も先人のものを受け継いでプレイしています。そういった想いを噛みしめながら走った大トリでした」との感想でした。
最後に、もか氏による閉会の挨拶が行われ、その中で、本イベントがチャリティイベントである理由について、同氏は以下のように説明しました。
海外のRTAイベントは何故全てチャリティイベントになっているのか、という質問です。その質問に対してTwitchの方は「(前略)GDQが出来る前までは、マリオを早くクリアできても何にもならなかった世界だった。ただ、GDQが出来てからは、マリオを早くクリアすれば人を救える、という価値観を生み出すことができた」と答えられました。ゲームを早くクリアすれば人を救うことができる、この価値観を持ち込みたいと思ったのが、「RTA in Japan」がチャリティイベントであることの理由です。
GDQとは「Games Done Quick」の略であり、世界的なスピードランの祭典です。RiJが発足にあたりGDQを参考にしたことは筆者も何度か見聞きしていましたが、輸入したかった本質はその価値観にあったのだと、目から鱗が落ちる思いでした。もしも筆者が自分のゲームプレイを通して、今回集まった寄付額の一部にでも貢献できたのであれば、走者冥利に尽きるの一言です。
かくして、5日間に渡るRTAの夏の祭典は幕を閉じました。エンディング映像のスタッフロールの後には、「RTA in Japan Winter 2022」が12月26日~31日の6日間、今回と同じ「note place」で開催されることが発表され、Twitch配信はRTAファン達の歓喜のチャットで埋め尽くされました。
「RTA in Japan」ともなると、閉会後の撤収作業もRTAです。現地にいた関係者達の連携プレイによって、会場は速やかに使用前の真っさらな状態に戻ります。筆者が確認した範囲では、開催期間中も会場にはゴミ1つ見当たらずとても綺麗に使用されていたのですが、これは後で聞いた話によると、ボランティアの方々が自主的に掃除を行っていた効果の現れでもあったようです。食事禁止などの会場ルールもきっちり守られており、視聴者数や寄付額といった数字の面だけでなく、来場マナーの観点からも素晴らしい大成功を収めたイベントだったと思います。
RiJS2022参加レポートは以上となります。本イベントを見逃した方は、公式のYouTubeチャンネルにて全てのゲームのアーカイブがアップロードされていますので、まずは好きな作品から動画をチェックしてみて下さい。そして、もしお気に入りの走者を見つけたら、ゲーム画面の下に表示されている走者個人の配信先を訪れて、普段の活動の様子も覗いてみてはいかがでしょうか。
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(価格・在庫状況は記事公開時点のものです)