※UPDATE(2023/08/19 7:54):「RTA in Japan Summer 2023」にて、本記事で取材協力いただいたAvinas氏による『Getting Over It with Bennett Foddy』のRTAが行われました。本記事とあわせて、ぜひチェックしてみてください。
2017年に発売され、その難易度の高さと絵面のシュールさからゲーム実況者の間でも人気の高い『Getting Over It with Bennett Foddy(以下、Getting Over It)』。下半身が壺にはまっているおじさんが上半身でハンマーを操作して山を登っていく本作は、日本のプレイヤーの間では『壺おじ』の愛称で親しまれています。
壺おじを3分台で攻略!?激ムズゲーム『Getting Over It』が得意な「にじさんじ」ライバー(インサイド)本作の大きな特徴は、登山道中にチェックポイントが用意されていない点です。一つの操作ミスでスタート地点まで戻されるトラップも用意されており、それに引っかかってしまったプレイヤーは、哲学に関する名言を引用したナレーションを聞きながら、『壺おじ』の理不尽さ、ひいては人生の難しさと向き合うことを強いられます。
そんな本作の不思議な魅力に取り憑かれた登山家たちが辿り着くプレイスタイルのひとつが、RTA(リアルタイムアタック)です。海外の大手記録集積サイト「speedrun.com」に登録されているプレイヤーは、なんと4,000人以上。アクティブプレイヤーの数も非常に多く、その盛り上がりに陰りは全く見られません。本記事では、2023年に入って世界記録・日本記録がともに更新され、人力の限界に迫りつつある『Getting Over It』RTAの世界を覗いてみます。
1分切りの領域に突入した『Getting Over It』RTAの世界
『Getting Over It』リリースから5年半を迎えた2023年4月、本作RTAにおいて(グリッチ利用なしでは)初となる59秒台の記録が樹立されました。そのプレイヤーは、初めての1分10秒切りを2020年に達成したBlastBolt氏です。
グリッチ利用を含めると、実は本作は一瞬(ゲーム内時間で0.128秒)にしてクリアできてしまいます。その方法は、雪山にある「帽子」をスタート地点まで運び、池にダイブするというもの。何でもありの「Any%」カテゴリーでは、クレジット画面にワープしてしまうこのグリッチの使用が認められています(speedrun.com上では「Category Extensions」という扱いで登録されており、走者数も多くありません)。
以上を踏まえて、ここからはグリッチの利用を禁止した「Glitchless」カテゴリーに絞って、その発展の歴史を見ていきます。本作のRTAで最も競技人口が多い「花形」ともいえるこのカテゴリーですが、好タイムを出すために重要視される要素は、ここ数年で大きく変わってきています。
2023年現在、トップ走者たちが特に意識しているのは、最高速度を維持すること。ハンマーで地面を叩き上昇を始めると、主人公は重力の影響ですぐに鉛直方向の減速をはじめてしまいます。しかし、上位プレイヤーは落下が始まる前にハンマーを素早く地面に戻し、すぐに再加速を得ます。速いプレイヤーほど、空中で何もしていない時間が少ないのです。
この動きが顕著に現れるのが「雪山」エリアです。以前はハンマーを一回転させて上っていたこのエリアですが、現在のトッププレイヤーたちは、ハンマーを下にはじいては上に戻すという動作を繰り返すことで、一瞬で登り切ってしまいます。ハンマーの軌道がより最適化され、無駄な動きが極限まで切り落とされているのが最先端の『壺おじ』RTAです。
本作RTAの最盛期ともいえる2018年~2019年頃は、上位プレイヤーの動きは今とは異なるものでした。その時代に重要視されたのは、ミスの少ない、安定感のある動きをすること。ハンマーを大きく動かすことで上に高く飛び上がり、段差をスキップする動きが各所で取り入れられていました。
マウスパッドを広く使い、腕をたくさん動かすことでハンマーを回す『Getting Over It』ですが、忘れてはならないのが、本作はそもそもハンマー操作の癖が非常に強いということ。ハンマーを大きく一回転させる動きは安定する一方で、現在のように細かくハンマーを制御する動きはRTAで実用できるものと見なされていませんでした。1分切りは人間には不可能と当時のRTAコミュニティ内で考えられていたほどです。
BlastBolt氏をはじめとする上位プレイヤーが、理論上最速に近い、ハンマーを常時動かすような動作を取り入れはじめたのが2019年のこと。その後2020年に1分09秒台の記録を樹立した同氏は、さらに2年半もの間、ひたすら細かい動作を洗練することでさらに10秒の記録更新に成功。2023年4月、ついに世界初となる59秒台の記録が誕生したのです。
競技の成熟とともに常識が覆り、不可能と思われていた1分切りの壁が破られた『壺おじ』RTA。今後どこまで発展を続けるのか、ますます目が離せません。なお、本節の内容は2018年に「RTA in Japan 3」で本作のRTAを披露したamount氏への取材に基づいて執筆しました。同氏のTwitchチャンネルでは、『Getting Over It』のRTAの企画配信も不定期で開催されています。
(ここまでの記事内画像はGetting Over It Speedrun World Record in 59.885sよりスクリーンショットを引用しました。)
14歳にして日本記録を塗り替えた超新星。Avinas氏インタビュー
世界記録が59秒台に突入した2023年、日本国内でもRTA界に動きがありました。驚異的なスピードで頭角を現し、日本記録更新に至ったのは、14歳の新星プレイヤー、Avinas氏です。1分10秒を切るプレイヤーがspeedrun.com上に登録されている走者の1%程度しかいない中で、同氏の現在の自己ベスト記録は1分08秒259。
本節では、「RTA in Japan Summer 2023」への出演を8月13日に控えた同氏へのインタビューをお届けします。
──まずはAvinasさんがRTAを始めたきっかけを教えてください。
Avinas:きっかけは小学5年生のときにスマホ版の『壺おじ』をプレイしたことです。はじめはFPSとか、他のゲームの息抜き程度の軽い気持ちでした。上手く進めず、攻略方法を検索してみたらRTA動画を発見したんです。そのプレイに憧れて遊び続けた結果、自分もRTA走者になっていました。
──『壺おじ』RTAのどこに魅力を感じますか?
Avinas:シンプルに操作していて楽しいですね。『壺おじ』自体がとても好きで、背景の美しさや難易度の高さも好きです。そもそも壺に入ったおじさんがハンマーを駆使して進むというのが、訳が分からなくて面白いですよね。
──『Jump King』や『Pogostuck: Rage With Your Friends』のRTAにも挑戦されていますが、やはり「登山ゲーム」が特にお好きですか?
Avinas:そうですね。どちらも『Getting Over It』が入口となって挑戦しました。こういった高難易度のゲームには魅力を感じます。
──普段はどういったスタイルでRTAに取り組んでいますか?
Avinas:1時間プレイしたら30分休憩する、というのを繰り返しています。長時間マウスを振り回しているとどうしても腕が疲れてしまうので。日によって調子が大きく変わるため、コンディションチェックを兼ねた練習も毎日欠かせません。
──日によって操作感が変わるのでしょうか?
Avinas:マウスパッドの状態が湿気によって変わります。マウスパッドの滑りが良い、晴れた日は調子が良いですね。1分08秒台のタイムを同じ日に3回記録したこともあります。逆に悪い日には1分20秒台しか出せなかったり。
──記録を縮めるために心がけていることはありますか?
Avinas:上手い人の動画をひたすら見て、プレイ時間を毎日コツコツ積み重ねることですね。現アジア1位、世界2位のLeviathan307さんのプレイ動画を特に参考にしています。尊敬する走者のひとりです。
──地道な努力の積み重ねが今のAvinasさんのプレイを形作ったのですね。
Avinas:身体に叩き込んだ感覚を頼りにプレイしているので、人一倍長くプレイすることを意識しています。エリアによって腕の回し方も全然違うので、理想の動きを習得するにはとにかく時間をかけるしかありません。スマホ版から移行してRTAをはじめたのが昨年春ですが、Steam版は1000時間ほどプレイしています。
──RTAイベントでの披露に向けて抱負はありますか?
Avinas:イベント参加は初めてなので、とにかく楽しく走りたいですね。その結果としてミスなく完走できれば。当日の天気を含めたコンディション次第では、良い走りができると思います。
──今後の目標はありますか?
Avinas:アジア1位を獲ることですね。日本1位を長くキープしながら順位を上げていって、最終的には世界1位を目指すことも考えています。
(本節の記事内画像はGetting Over It 1:08.259s 日本新記録よりスクリーンショットを引用しました。)