2022年12月26日から31日にかけて開催されたRTAの祭典「RTA in Japan Winter 2022(以下、RiJW2022)」。2022年8月の夏開催に続いて東京都渋谷区「note place」で行われた同イベントは、平均約5万人の同時視聴者と、8,350,500円の寄付(専用寄付フォーム経由分)を集め、大盛況のうちに幕を閉じました。本記事では、『進め!キノピオ隊長』解説者および現地ボランティアとしてRiJW2022に参加した筆者・とんこつによる、生の参加レポートをお届けします。
解説決定にいたるまで
RiJW2022の採用ゲームリストが発表されたのは、11月6日のことでした。筆者も走者として応募していましたが、残念ながら今回は落選。走者としての現地参加レポートについては、8月に公開した以下の記事をご覧ください。
しかしながら、「RTA in Japan」に直接関わるのは走者だけではありません。他の形で携わる方法として、ひとつは走者と視聴者の間を繋ぐ解説者としての参加、もうひとつはイベント運営をサポートするボランティアとしての参加があります。
本イベントにおける解説者の選定には、運営は関わりません。解説者として参加表明するために必要なのは、走者から渡してもらう解説応募フォームに、必要な情報を記入することのみです。ここで、解説について走者が取り得る選択肢には、基本的に以下の3つがあります。
走者自らが解説を行う。
解説候補者に連絡を取り、解説役を引き受けてもらう。
解説側からのオファーを走者が引き受ける。
『進め!キノピオ隊長』の解説について、筆者の場合は、3. の形で決定しました。3. の中でも一般的なのは、走者がTwitterなどを用いて解説者を公募する方法ですが、今回はやや特殊な事情での解説オファーでした。きっかけとなったのは、約半年前に「RTA in Japan Summer 2022」の応募一覧で見かけた、走者のSLDC氏による以下のゲーム説明文です。
2018年発売のSwitch版(ほかにWii U版・3DS版あり)を1人で操作し、セーブデータ未作成のユーザーでゲームを始め、任天堂の著作権表示付きエンディングを目指すものです。途中、一部のステージには入らなくてもよく、また、各ステージに3つあるダイヤも必ずしも取る必要はありません。ですが、途中いくつかある関門を越えるのに一定数のダイヤが要求されます。そのため「どのステージに入り、入ったステージでいくつダイヤを取ればよいか」というチャート選択が生じます。本応募者はコンピューターで理論的な最速チャートを求めました。『Qiita キノピオ隊長 数理最適化』で検索ください。
この文章を読んで実際に「キノピオ隊長 最適化」で検索してみたところ、以下の記事がヒットしました。専門的な内容ではありますが、たまたま筆者の興味と一致する分野の話だったので、一気に面白く拝読し、この時から『キノピオ隊長』RTAの動向を注視するようになったのでした。
テレビゲームのRTAにおける最適チャート追求の部分的な理論化:「進め!キノピオ隊長」の場合 - Qiitaさて、若干スケールの大きな話になりますが、スピードランの歴史をまとめたEric Koziel氏による書籍「Speedrun Science」によれば、スピードランには「Investigation」「Routing」「Execution」の3つのプロセスがあります。
「Investigation」とは、文字通り調査のことであり、あるゲームにおいて何が可能で何が出来ないのかを深く理解し、発見するプロセスのことです。「Routing」とは、「Investigation」から得た情報を使って、ゲームを早解きするための一連の手順を比較検討し、解き明かすプロセスです。「Execution」は、実際にゲームを走る段階です。この段階には、走者ごとに異なる細かな最適化や目標達成までに必要な練習、メンタルマネジメントなどが含まれます。
Speedrun Science: A Long Guide To Short Playthroughs「RTA in Japan」をはじめとするRTAイベントでは、自宅やイベント会場で走者が実際にゲームをプレイすることが基本となる性質上、「Execution」に長けた走者が選考を通過しやすい傾向にあります。『進め!キノピオ隊長』RTAの世界記録を保持しているSLDC氏は、無論「Execution」にも優れているのですが、同氏の強みは「Routing」にこそあると筆者は見ています。
同氏は過去にも別のRTAイベントで『キノピオ隊長』RTAを披露しており、その際は『New スーパーマリオブラザーズ Wii』走者のNoz氏が解説を担当していました。Noz氏による解説はその時点で既に完成度の高いものでしたが、先に挙げたQiitaの記事の内容は専門外とのことで、最適な攻略順選択を理論的に導き出した話については簡易的な説明にとどまっていました。
そこで、自分ならもしかするとSLDC氏の「Routing」における貢献を分かりやすく伝える助けになれるのではないか、という考えのもと、第2の解説者として立候補しました。不躾なオファーを快諾いただいたおふたりには感謝しかありません。筆者の解説者としての参加は、以上のような流れで決定しました。
また、解説決定後にはボランティア募集が開始され、こちらにも初めて応募しました。筆者が過去に走者や解説者として参加した際にお世話になった分を少しでも恩返ししたい気持ちと、他のRTAイベントを運営するための経験を積みたい気持ちが主なモチベーションでした。結果、現地での受付ボランティアとして当選しました。
本番開始までに準備したこと
解説参加が決まり、最初に行うのが走者・解説者が集まってのキックオフミーティング。オンラインではありますが3人で顔を合わせて、解説の方向性を確認します。筆者が最も重視したかったのは、「走者が理想とする魅せ方を実現できるようサポートすること」でした。
SLDC氏の望みは、自身の走りを通じて『進め!キノピオ隊長』という作品の素晴らしさを伝えることでした。そして自らは「キノピオ探検隊」のいち隊員に扮してプレイし、終始「キノピオ語」でしか喋らないというスタンスについても伺いました。
大まかな方針が決まれば、早速原稿の作成作業が始まります。原稿作成にあたってまず意識したのは、トーク内容に関するガイドラインを遵守すること。慈善団体への寄付を募るチャリティイベントでもある「RTA in Japan」では、本番中に話してほしい内容や望ましくない内容がリスト化されており、事前に走者向けドキュメントとして共有されます。また、公式ガイドブックを準備し、ゲーム内の専門用語に関しては公式のものを極力使うよう細心の注意を払いました。
進め!キノピオ隊長 : ガイドブック情報補足ですが、もちろん原稿に頼らずアドリブで解説するスタイルもあり、筆者も普段の解説スタイルはアドリブ寄りです。今回はふたりでの実況解説ということで、原稿を固めなければぴったり息を合わせるのが難しいだろうという判断もあり、喋る内容を事前に細かく分担する方法を選択しました。
トーク内容の準備を進める傍ら、筆者自身も『キノピオ隊長』走者を名乗るべく練習を行い、実際にRTAを完走しました。走者視点からしか見えないことを少しでも理解するため、RTA経験のないゲームの解説を担当するときは、基本的に自らそのゲームの“走者のひとり”になるよう心がけています(RTA経験者の中から解説適任者が見つかるのが本来望ましいとは考えていますが)。練習にあたっては、SLDC氏が公開しているRTAガイドが非常に参考になりました。
「進め!キノピオ隊長」ガイド:Any% - Switch (Solo)また、発声のクオリティを高めるために、「外郎売」の朗読練習に加えてボイストレーニングにも挑戦。「Kayoko Voice Lab」のKayoko先生のレッスンでは、抑揚をつけるための裏声での発声練習と、敢えて早口でまくし立てるパートの解説練習を行いました。原稿には前舌母音が連続する箇所があったので、セリフ回しを変更して読み上げやすくする工夫を加えることに。おまけとして、キノピオの声真似のコツまで教えていただきました。解説者を含むイベント関係者は別にプロではないので、ここまで本格的に取り組む必要性は感じませんが、筆者はこのような試行錯誤そのものが好きなので、準備の過程も含めてRiJW2022を楽しんでいます。
Kayoko Voice Lab. へようこそ!解説原稿は、Noz氏が別イベント用に作成済みであったものを『New スーパーマリオブラザーズ』走者であるかいのかせき氏にブラッシュアップしていただき、それをベースに3人で加筆。最終的に27,000字ほどのボリュームとなりました。台本が完成すれば、入念にリハーサルを行い、本番に備えてしっかり休息を取るだけです。一方、ボランティアとしての準備はというと、受付業務に関しては事前にできることがほとんど無く、マニュアルを読み込むことと、受付用のWebアプリの動作確認をする程度でした。
本番期間のこと
RiJW2022スタッフの現地入りは、本番2日前にあたる12月24日でした。運営メンバーと現地ボランティアの一部の方々による設営作業の始まりです。25日には筆者も会場入りし、主催のもか氏から名札を受け取りました。
翌26日は解説出番の前日準備に追われていたため、正午のイベント開幕は自宅から見守ることに。練習部屋で行った前夜リハーサルでは、走者の現地環境へのアジャストや、オフラインならではの寸劇の練習などを重点的に行います。SLDC氏の場合はモニターのサイズや画面までの距離感が普段と異なるため、特にジャイロ操作の調整に苦戦していたようでした。
会場内で着用が必須となる「N95」シリーズのマスクについては、夏開催でも配られた「3M VFlex N95」に加えて、新たに用意された「ラムダライン」とどちらを着用するか選べるように。「ラムダライン」はλ(ラムダ)型の保形テープが口元の空間を広く確保してくれるため、個人的には解説者向けのマスクとして好みでした。
迎えた本番当日。本番2時間ほど前に会場に集まり、軽い最終調整を行いました。前のゲームが終了すると、控室から出演者席まで移動。ヘッドセットを装着し、配信画面も切り替わって、満を持してタイマースタート。技術的な問題で開始直後に仕切り直しになるトラブルこそあったものの、リスタート後は滞りなく進み、あっという間にタイマーストップの時間を迎えました。
80分が一瞬に感じられた理由は、ひとえにSLDC氏のパフォーマンスが素晴らしく、解説者は事前に用意したことをそのまま実行するだけだったからです。暖かい拍手をくださった現地のお客さんやTwitchのチャットを盛り上げてくれた約4.5万人の同時視聴者にも感謝です。
多くの観客が見守る会場でRTAを披露するうえで、現地の盛り上がりを意識したポイントも用意しましたが、概ね期待通りの反応をいただけて嬉しかったです。魅せ場を迎える直前に注意を引き付けて、技が決まれば観客の拍手を促したり、プレイの忙しくない時間帯には小ネタや笑い所をちりばめたり。RiJW2022前半期間は、マクドナルドでハッピーセットを買うと「キノピオ カート」のおもちゃが当たる期間とちょうど被っていたため、本番中に実際におもちゃを開封するというネタも敢行しました。
出番後はラウンジに移動し、飲み放題で提供されているレッドブルを片手に来場者同士の交流タイム。オフラインRTAイベントが増加してきた昨今では自作の名刺を用意している走者も多く、名刺交換して思い思いのデザインを見て楽しむのも一興です。今回は期間中毎日会場に足を運んだこともあり、夏以上に多くの方々と歓談できました。
その後は受付ボランティアとしての業務がスタート。現地ボランティアには受付の他にも、オーディオ担当、配信管理担当、セットアップ担当、撮影担当の4つがあります。また、Twitter管理やチャットモデレーションなどを行うオンラインのボランティアもいます。
RiJW2022では完全事前登録・抽選制での観覧募集であったため、来場者は事前に受け取るQRコードとワクチン接種証明を受付で提示することが必要です。これら2点を確認したら、消毒と検温をお願いし、来場者用の使い捨てリストバンドとマスク、パンフレットを手渡します。筆者の受付シフトは深夜帯であったため、一般の来場者はそこまで多くなく、早朝に走られるゲームの関係者対応がメインでした。
手が空いた時間には、クリアファイルにパンフレットを封入する作業などを行いました。シフト外の時間にも、無くなったレッドブルの補充や空き缶の整理、トイレを含む会場の掃除などは主にボランティアスタッフが担当。「来た時よりも美しく」の精神です。
受付業務全体を通しては、ワクチン接種証明忘れや飛び入りの方の入場をお断りした以外は、目立ったトラブルは発生せず。また、筆者の担当時間ではありませんが、29日と31日の一部の時間帯では入場規制が敷かれるほど来場者が多かったようです。
6日間に渡るRTAの祭典は大晦日に幕を閉じ、元日は運営メンバーと少数のボランティアによる撤収作業。RiJW2022では最終日の終了時刻が22時台と夏よりもかなり遅かったのですが、これは翌日も会場を押さえてあり、当日中に引き上げる必要が無かったためです。片付けと並行して、機材リスト作成のために、膨大な数のケーブルを長さ順に並べる作業も。最後は機材を全て車に載せて、お昼過ぎに「note place」を後にしました。
RiJW2022参加レポートは以上となります。夏のレポートと同じ締め方になりますが、本イベントを見逃した方は、公式のYouTubeチャンネルにアーカイブがアップロードされていますので、まずは好きな作品から動画をチェックすることをおすすめします。そして、もしお気に入りの走者を見つけたら、画面内に表示されている走者個人の配信先を訪れて、普段の活動の様子を応援してみてはいかがでしょうか。